「息吹」-難解。SF初心者には厳しい作品集だが……
- 2020.02.13
- 読書感想文

テッド・チャン先生の作品、「息吹」を読み終わった私は、大きなため息をつきました。
「マジか……」
正直、SFというものをなめていたのかもしれません。こんなに難しいものだったなんて!
「あなたの人生の物語」から17年、テッド・チャンの第二冊目が発売。元アメリカ大統領バラク・オバマ氏も絶賛の短編集!
作品評価=★★ (最大★三つ)
普段なら読破できなかった作品
SFにもいろいろなものがあると思います。この「息吹」はそれなりにSFを読んでおかねばわからない、といいますか、多くのSFを読んでおかねばこの作品の素晴らしさを理解するのが困難であると感じました。
ブログで読書感想を書く前に、あまりやるべきではないと思いつつも、レビューサイトを複数、閲覧してみました。他の読者の意見を知りたかったからです。
しかし、そこに書いてあるのは、私にとって、なんともわかりづらいものでした。過去の作家との対比や、この作品はこの過去の作品からのイマジネーションからきているなど、SFの知識が無い私は完全な置いてけぼりをくらうことになりました。
SFというものは過去からの積み重ねが顕著に出てくるものなのだと理解はできましたが、そうなると、やはり、とっつき辛いものなのだなと感じました。
そして、この「息吹」はそういう考えを払拭できる作品である! と、紹介できればいいのですが、正直なところかなり難しい作品に感じました。
何故、そう思ったのかを箇条書きにしてみます。
・キャラクター主体の物語ではない
・専門用語がわからない
・寓話のような話が多く、物語へ入り込むという読者の思考を恐らく意図的にシャットアウトしている
私の本棚をざっと見てみると、多くのブルーレイやDVD、漫画、小説が並んでいます。それらの多くの作品には必ずといって「魅力的なキャラクター」が存在します。キャラクターが物語を進行させていく作品がほとんどで、たとえ物語自体が陳腐なものでもキャラクターさえしっかりしておけばとても面白い作品になっているものも多々あると思います。
「息吹」では印象的な固有のキャラクターは基本登場しません。(私にとっては、かもしれませんが)
物語に重きをおいて、タイムトラベル、AIとの関係性、並行世界などのSFチックな題材を、現代科学の延長線上として描いており、それを作者の知識で綿密に説明する短編が多数です。そして、登場するキャラクターへの感情移入をさせることなく、「この物語を読んであなたはどう思ったか?」を常に問い続けてくる作風は「あなたの人生の物語」という題名の本を書いたテッド・チャン先生のものなのかなと感じました。
これは、科学的な専門用語の知識がなく、「キャラクター至上主義」とも呼べる作品ばかりに触れてきた私にとってかなり苦しいものでした。
では、なぜ最後まで読めたのか。それにはいくつかの理由があります。
「商人と錬金術師の門」のシンプルさに助けられた
本を開いてまず始めの物語は「商人と錬金術師の門」というタイムトラベルものです。全九篇の中では一番わかりやすく、専門用語も出てこず、そして感動できる物語です。この物語が最初に綴られていることで、私はこの本を積むことなく続きを読むことができました。この本の題名である「息吹」が最初にきていたらもしかしたら私は最後まで読むことは無かったかもしれません。
「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」の面白さに助けられた
「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」はネット上のAIキャラクター「ディジエント」と人間たちの交流と彼らにもたらされる試練の物語です。
正直なところ、三分の一ぐらいは理解できないところがありましたが、「ディジエント」の成長、「ディジエント」の置かれる状況の変化、そして、「ディジエント」と関わる人間たちの変化が、年刻みで進行するスピード感にとても心惹かれました。
大森望先生の訳に助けられた
もともと、この本を買った理由は、以前このブログでも感想を書いた「三体」の訳が最高であったからです。
訳者で読む本を決めるというのもいいかもしれないと思い、今回、大森先生が訳をされた「息吹」を購入するに至ったわけです。
この選択は正しかったです。やはり読みやすいです。流石に専門用語やそれに関する説明部分は私の知識が追い付いていないのでどうしようもなかったですが、それを補うように非常にわかりやすく訳していただいていると感じました。
ブログに助けられた
これは、どうでもいいことですが、やはり、「ブログに感想を書きたいな」という気持ちが最後まで読了した理由の一つだと思います。難しい本が読みたければ書評ブログ、おすすめです。
SF読者への新たな道が開かれた気がする
気がするだけかもしれませんが……
ただ、この「息吹」を読み終わって、「SFなんてもうこりごりだ!」とは私はなりませんでした。自分でも不思議に感じています、あんなに読むのに苦労したのに。
これがテッド・チャン先生が全世界で支持される理由なのでしょう。
もっと多くのSF作品を読んで、またこの「息吹」を読み直してみると面白いかもしれません。そのころにはテッド・チャン先生の三冊目はでているかなあ……
今回も良い読書経験ができました。では、また!
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