「悪の法則」ー乾いた絶望に魅了される

「悪の法則」ー乾いた絶望に魅了される

私は何度も同じ映画を見るタイプです。二回以上見たほうが、先を知っているぶん落ち着いて見れますし、意外と見落としている箇所があったりして面白いからです。

特に何回も見ているのはコーエン兄弟監督の「ノーカントリー」と、今回紹介するリドリースコット監督の「悪の法則」です。どちらもコーマック・マッカーシー先生が原作ですが、「悪の法則」に関してはコーマック・マッカーシー先生自身が脚本を書き、映画プロデューサーに売ったもので、このようなことは異例だそうです。上の写真は左がその脚本を邦訳した本で、右が映画「悪の法則」のブルーレイとなっています。

「ノーカントリー」と「悪の法則」に共通して言えることは、「動き出したら止まらない絶望へのカウントダウン」です。

「あの時こうしておけば……」

そう言ったところでもう時すでに遅し、取り返しはつかないのです。

 

「悪の法則」のあらすじを書いていきましょう。

麻薬取引に加担した弁護士。ただの金もうけのはずだった。大したことではない、はずだった……

 

なんだ、このあらすじ? って感じですが、もうこれだけでOKなんです。

ところで、リドリー・スコットってヤバくね?

リドリー・スコット監督といえば、「エイリアン」や「ブレードランナー」が有名ですが、ここ最近の監督の作品を見ていると、そのパワーに圧倒されます。

2017年公開の「エイリアン:コヴェナント」では人間の背中から口からエイリアンが登場、血みどろになる宇宙船内、血で滑って転ぶキャラクターたちと、「まだ俺にはスクリーンに血をぶちまけることができるんだ!」と訴えているような映画でした。

そして、「悪の法則」ですが、これでも監督は期待に応えてくれます。



選択した後の物語

この脚本の中で大好きなセリフがあります。

あんたは今自分が十字路に立って進むべき道を選ぼうとしていると思っている。でも選ぶことなんてできない。受け入れるしかない。選ぶのはもうとっくの昔にやってるんだから。

犯罪組織に拉致された愛する女性を救うため、弁護士がその組織に連絡できる有力者にコンタクトをとるのですが、その際、有力者が言った言葉です。

「人生やり直せる」「頑張ればなんとかなる」という理想を粉々に打ち砕く言葉です。素晴らしいですね。

この物語のはじめから最後まで、弁護士が何をしたのか明確な内容は語られませんし、何か犯罪に手を染めるような描写もありません。この物語は「その後」の物語なのです。

この物語中にでてくる、自動的に輪が締まり、首を切断する凶器「ボリート」のように動き出したら止まらない、そして、もう動き出した後の話なのです。

何故、絶望に惹かれるのか?

「悪の法則」と「ノーカントリー」の絶望が美しいからです。コーマック・マッカーシー先生の描くバッドエンドはとても美しいです。

そもそも、グッドやバッドなんてものは人の主観によるものなので何とも言えませんけどね。

壮大な音楽が流れる中、めでたしめでたしで終わる作品に食傷気味のそこのあなた、リドリー・スコット監督最高傑作(私はそう思っている)「悪の法則」を見てみてはいかがでしょうか?

では、また!